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2016年度 若手会員研究奨励賞受賞者

 萩原 広道

[所属]
  京都大学大学院 人間・環境学研究科 共生人間学専攻 修士課程
[研究課題名]
  幼児期の言語獲得初期における胚性名詞の研究:名詞と動詞の未分化性と分化過程
[研究計画書より]
 従来の言語発達研究は,子どもの理解語・表出語を品詞ごとに分析することが中心だった。言語発達に遅れのある子どもへの支援もこの影響を受けている(名詞獲得を促すための絵カードの使用など)。これに対し,本研究は,子どもの内面にある語の意味内容を品詞という枠組みを超えて検証する。「胚性名詞」の存在が立証されれば,子どもたちは,初期の音声言語によって,モノそれ自体だけでなく,モノに関連する活動や状況など,モノを取り巻くさまざまな価値の世界を見出し,理解・表現していることが明らかとなる。
 言語の形成に障害がある子どもたちに対しても,療育実践の現場で,モノと発語を1対1で組み合わせて訓練するような方法ではなく,胚性名詞の観点から,言語獲得のための新たな保育・療育の方法を提起することができる。

 宮川 裕基

[所属]
  帝塚山大学大学院 心理科学研究科 博士後期課程
[研究課題名]
  就職活動における不採用に対処する心理的資源の検討  セルフコンパッションに着目して
[研究計画書より]
 不採用は就職活動生にとって心理的負担が大きい。不採用に対する成長志向的対処の重要性を指摘する知見はあるものの,どうすればそのような対処を行使できるのかという研究視点は僅少であった。本研究では,就職活動を重視している場合,SC(セルフコンパッション)が高い人ほど,不採用に成長志向的対処を行いやすいため,満足できる別の企業から内定を得やすいというモデルを提起する。就職活動におけるSCの有用性を示すことで,これまでの就職活動研究の発展に寄与する。また,SCは介入により高まることが示されている。本研究の知見は就職支援の指針となり,SCを高める介入法の就職支援への応用可能性を示唆するという点で意義深いものとなる。


選考経過

1.応募状況

 2016年度若手会員研究奨励賞は,2016年9月1日に開催された総会において設置が承認され,2016年12月2日(金)を申込締切日(当日消印有効)として募集が開始されました。期日までに所定の応募書類を提出した応募者は7名でした。内訳は第1部門1件,第2部門3件,第5部門3件です。

2.選考委員会

 応募者から提出された研究計画書と研究業績1点について,氏名を伏せた形でPDF化し,予備審査を実施しました。予備審査には応募者自身が申告した審査部門別に,機関誌編集委員会部門別編集委員2名が当たりました2017年3月26日に開催された選考委員会において最終選考が行われました。選考委員会の構成は,委員長・古屋健常任理事(学会活性・研究支援担当)の他,常任理事2名,委員長指名による委員1名の合計4名です。

3.評価基準

 予備審査,最終選考ともに,応募書類は以下の4観点について「5:優れている-3:基準を満たしている-1:不十分である」の5段階で評価されました。

  1. 研究課題の学術的重要性・妥当性(「研究目的」欄など)
    • 学術的に見て,推進すべき重要な研究課題であるか。
    • 研究構想や研究目的が具体的かつ明確に示されているか。
    • 日本応用心理学会が支援するに相応しい研究上の意義が認められるか。
  2. 研究計画・方法の妥当性(「研究計画・方法」欄など)
    • 研究目的を達成するため,研究計画は十分練られたものになっているか。
    • 研究倫理上の配慮が必要とされる研究では,適切な配慮がなされているか。
  3. 研究課題の独創性及び革新性(「研究目的」「研究計画・方法」「研究の独創性・意義」欄)
    • 研究対象,研究手法やもたらされる研究成果等について,独創性や革新性が認められるか。
  4. 研究遂行能力の適切性(添付業績など)
    • これまでの研究業績等から見て,研究計画に対する高い遂行能力を有していると判断できるか。

4.選考経過

 選考委員会では,まず今年度の受賞者数について3名を上限とすることが確認されました。その上で,予備審査に当たった機関誌編集委員会部門別編集委員2名と選考委員長の3名の審査者の観点別評価得点を参考に,上位者から順に受賞にふさわしいかどうか慎重審議いたしました。
 その結果,上位2名については3名の観点別評点がすべて「3(基準を満たしている)」以上で,また総合得点でもそれぞれ15.3点,14.3点と高得点を得ていたことから,全員一致で受賞候補者とすることに決定しました。
 3位以下の応募者については,3名の審査者の評価が分かれ,1名以上の審査者から観点別評点で「2(やや不十分である)」以下の評価を受けていました。選考委員会では「2」以下の評価を受けた点について議論した結果,いずれの応募者についても審査者の評価は妥当なものとして尊重すべきであるとの結論にいたりました。その上で,受賞の可否について慎重に審議した結果,全員一致で3位以下の応募者からの受賞は見送ることに決定いたしました。

5.講評

 今回は第1回ということで広報不足がたたり,応募者数は7件に留まりました。応募していただいた会員の皆様にはあつく御礼申し上げます。
 選考経過にありますように,最終的には上限3名より1名少なく,2名の方が受賞されることになりました。受賞された2名の方については,審査者全員からすべての観点について基準以上のレベルを満たしていると評価され,選考委員会でも全会一致で受賞が決定いたしました。
 一方,3位以下の応募者の方々については,審査者によって評価が分かれました。今回は応募者数も少なかったため,すべての研究計画書について不十分とされる点が細かく指摘され,議論されました。研究テーマは興味深いものの研究方法や実験計画に疑問があるとされた方がいる一方で,逆に研究手法は堅実で成果は期待できるものの独創性に欠けると評価された方もいました。独創的でありながら,なおかつ一定の安定した成果が期待できるような研究計画を立てることは,若手研究者に限らず,すべての研究者にとって永遠の課題と言えます。その意味で,3位以下の方と比較すると,上位2名の方は独創性と期待される成果のバランスという点で優れていたと言えるでしょう。
 残念ながら受賞から漏れた方も,提出した研究計画書を見直し,是非バランスのとれた研究へと発展させて,再度,応募されんことを期待しております。