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2002年6月30日発刊

日本応用心理学会ニュースレター No.6

   コミュニケーションの広場

目   次
応用心理学の課題について ………………………………………… 中村 昭之
スクールカウンセラー ……………………………………………… 越河 六郎
看護と応用心理学の領域 …………………………………………… 内海 滉
大阪教育大学付属池田小学校児童殺傷事件
   校舎改築問題を巡って  ………………………………… 藤森 和美
応用心理学の研究とデータ精度 …………………………………… 松田 浩平
倫理委員会報告 ……………………………………………………… 田中 昌人
研修委員会報告 ……………………………………………………… 大塚 博保
研究室紹介(3) 立教大学 ……………………………………… 神田 久男
応用心理士事務局 …………………………………………………… 岡村 一成
事務局より


応用心理学会の課題について

中村 昭之

応用心理学会の課題についてというと,いろいろなことが考えられるが結局それは,学会が大きく盛んになるにはどうしたらよいかと言うことに集約される。それを具体的に言えば,もっといろいろな職種の人に会員になってもらい,学会でどんどん研究活動をしてもらうようにするにはどうしたらよいかと言うことになる。その問題は応用心理学会が魅力あるものになれば解決する。魅力ある学会では,その会員になり,研究発表をする事で満足を得ることができるであろう。それでは学会および学会活動を魅力あるものにするにはどうしたらよいか。紙幅の関係で,あまりいろんな事が言えないが,その一つは全会員に「応用心理学とは何か」を明確に理解してもらうことであると考える。
応用心理学会の特徴の一つは他学会に比べて,より多くの職種の会員からなっていることである。その結果として会員としての同一性がどうしても,比較的に希薄になりがちである。そういう希薄さは学会の魅力を低下させる要因の一つである。そこでいろんな機会に,応用心理学とは何かを会員に問いかけ,自分なりの回答を出し,その枠組みの中で,自分の研究テーマをとらえてもらう事が重要である。それは会員としての同一性を高めることになるであろう。
今ひとつの方法は,最近,日本心理学会でも見られるようになってきたが,発表形式を多様にすることである。たとえば会員企画に依るワークショップ等を増やすことは有力な方法となるであろう。
(駒澤大学名誉教授)

スクールカウンセラー

越河 六郎

不登校児等,学校不適応行動対策の一つとして考えられた,スクールカウンセラー制度は相応の効果をもたらすものと期待される。しかし,なんとなく違和感を覚えるのだが,これは私だけのことであろうか。
小中学校は児童生徒の発達支援環境施設であって,教師は担当教科の別にかかわりなく,すべては教育指導の職務にあることは言うまでもない。専門のカウンセラーでなくとも,各教師は“カウンセリングマインド”を持って生徒たちに接することが要請されているはずである。
ところが,そのような「職務」にある教師の中に,“最近の子供は手におえない”と,半ばあきらめている人たちがいるかと思うと,もっと小さいときの躾(親の)が問題とか,社会が悪いとかといって,職務上の役割責任を「転嫁」していることに気づかず,「学校教員」という仕事を続けている人たちもいるようだ。
良心的で優れた先生方が大部分だという事実は否定しないが,職務の困難に悩み,自ら鬱状態になって「不登校」教師となった事例のあることなどを紙上で読むと,スクールカウンセラーの役目はその辺まで広がるのだろうかと思ってしまう。異常行動が起こってからの,後始末的な,あるいは腰だめ的な対応ではなくて,広く,もっと積極的に「学校」をよくする施策を考えてみたい。
(松蔭女子大学教授)

看護と応用心理学の領域

内海 滉

応用心理学は,応用数学や応用物理学のように,心理学を応用する学際的領域であると解釈して,看護などの研究を持込み種々の御指導を腸っております。
看護の中にも心理学の法則性がよこたわり,それを解明することにより更に看護の大系が確認され,構築され,発展してゆくと考えます。患者さんのためには病院の壁の色もチャイムの音も廊下のリノリウムもスリッパも医者の方言まですべて心理学の司る所であり,はては看護的人間の理想像,理想の医療関係…心理学の演出するテーマが山積みしています。
このたび見事な学会名簿が完成し関係者の御苦労に心から感謝しています。試みに看護の会員を算えてみますと約百五十人にも達するようで誠に恐縮の至りです。私事ですが,一般教養でお世話になった盛永・塚田教授にすすめられ心身医学を発表したのが始まりでした。その後,看護婦教員の養成所に勤め,卒業論文を本学会にて論じさせ御迷惑をおかけ致しましたことは幾重にもお詫び申上げます。現在では心理学出身の修士・博士の看護師も活躍する世とはなりましたが,この時点においてなお,看護の心埋学に閉じこもることなく,応用心理学の皆さまの更なる御指導をお願い致します。学問は常に隣接領域の交流によって切磋琢磨されるものと確信するからです。かわらぬ御引立てと酷しい御批判とを戴ければ幸甚に存じます。大いに本学会を盛んにして研学を重ねたく存じます。
(千葉大学名誉教授)

大阪教育大付属池田小学校児童殺傷事件
   校舎改築間題を巡って

藤森 和美

平成13年の6月,人々を震憾させた凶悪な事件が起きた。それは,大阪教育大学付属池田小学校の児童殺傷事件である。この原稿が掲載される頃,丁度一周忌をむかえる。当日,テレビが伝える事件の残虐さに不安が募り,一方でマスコミのカメラが映し出す小学生のインタビュー場面に私は心を痛めた。
この事件は,被害者の心理的回復過程で二次的にさまざまな問題をもたらした。これこそトラウマ(心的外傷)のもつ複雑性である。遺族らは死というどうしようもない現実の前で,つきることのない悲しみに打ちひしがれた。また,怪我をした子どもやその保護者,目撃した子ども,教員たちの苦しみは怒りや焦燥に形を変え,時には無力感となった。これらの人々のメンタルサポートにかかわった専門家のチームの努力には,本当に頭の下がる思いである。
私は,この池田小学佼の校舎改築検討委員会に委員に選ばれ,昨年8月からおよそ10ヶ月の期間に渡り「事件のあった校舎をいかにするべきか」という議論に加わった。その中でも最も困難な場面は,「愛する子どもが亡くなった場所を残してやって欲しい」という切なる願いと「被害を受けた子どもはやっと怪我が治り,不安ながらも必死な気持ちで仮設の校舎に通っている。前の校舎に戻ることで,子どもにあの苦しい出来事を思い出させたくない」という意見の調整であった。同じ被害者でも,傷つき方は全て異なり,比べられるものではないということを,身をもって知らされた体験であった。保護者や教員に加えて,建築,環境,教育,被害者支援,カウンセリングなど多様な分野の専門家委員が,関係者の意見をくみ取りながら根気のいる誌し合いを重ねた。このような難しい課題には,おそらく誰もが満足する正解は出せないのだろうと思う。最終案は,亡くなった子どもたちの想い出の場所としてその場所を残し,また傷ついた子どもたちには風景一新と映るような校舎に改築する,という相容れない立場を盛り込んだ苦肉の答申を提出した。
トラウマの問題は心の傷であり,そして記憶の問題である。本質的な問題は,個々の胸の中にあるに違いない。遺族は亡くなった子どもの無念を抱きながら,傷ついた子どもたちは恐怖と背中あわせで,双方ともにこれからも生きていかなければならないのだ。被害者の心の研究は,決して研究だけでは終わらない。社会に実際的に関わり,問題を抽出し整理,そして提言し,活動していくものだと改めて実感した仕事であったが,まだ本当の意昧でこの仕事は終わっていないと思っている。これから被害者の回復に向けて,自分がなすべき事を探している途中である.
(聖マリアンナ医学研究所 カウンセリング部)

応用心理学の研究とデータ精度

松田 浩平

データの精度について,心理学の基礎的領域での研究では慎重であるが,応用的分野での研究では十分に配慮されていない気がする。その理由として,研究技法上の制約や実用性の上では問題が生じないなどが挙げられる。例として,心理尺度を標準化し臨床応用する場合を考える。質問紙やテストバッテリーについて,因子分析やα係数などを参考に項目のスクリーニングを行って最終的な臨床尺度を構成するのが通常であろう。しかし,公表された論文や検査のマニュアルを眺めていると,信頼係数や妥当性に関連する係数の値は,基礎研究段階よりも最終的に構成された臨床尺度の方が低いのが普通である。その理由として,現場での利便性のために項目数を減らしたり,採点のカテゴリを簡素化したりしたことが述べられている。心理検査に限らず,基礎研究から応用研究に移行する段階で,それが同じ研究者によるものであっても,データの精度が低下している。これは,心理的なデータ収集や測定法の特性上やむを得ないこととされてきた。実用上の許容範囲でデータの精度を捨て,利便性を高めるということもある。しかし,基礎研究や開発段階から実用段階に移るに従い,データの精度が落ちる開発手法が許される分野は,心理学以外にはあまり見あたらない。応用心理学という立場から,研究成果の応用とデータ精度のあり方について,今のうちに議論しておく必要があるのではないかと考える。
(文京学院大学教授)

倫理委員会報告

委員長 田中 昌人

日本応用心理学会に,この度新しく設けられた「倫理綱領作成のための委員会(浮谷秀一,田中昌人,福原眞知子,藤田主一の4名で構成)が,活動を開始致しました。まず,心理学関係各学会の倫理綱領を参考としつつ,応用心理学は今後関連する分野が広く多くなることが見込まれることから,目下鋭意内外の応用心理学関連分野の資料の蒐集にあたっています。
これまでに,各種の学術団体や研究教育,言論情報機関,各種専門資格授与分野,また産業界や労働組合,それらの関連団体など,国内だけでも100種類に及ぶ倫理綱領およびその基になる宣言,綱領などを集めることができつつあります。1950年前後のもの,さらに1990年前後から最近のものなど,分野によって特色を示しており,それらは時代に対する科学と科学の使用についての責任を自ら問うものとなっています。そこには全体として,今日,21世紀を迎えている学術のさらなる発展とその社会的営為に携わる専門職各自と組織の一員としてある者が,先端諸科学技術の生成と共にあって,人間の福祉や環境の保全等に対して真摯であろうとする姿勢がみられることに衿を正しています。
これまでのものをみると,倫理綱領の作成作業としては,(1)倫理綱領の作成,(2)解説の作成,(3)適用事例集の作成,などがありますが,それらこれまでのものを参考に,当面,当委員会としては,(1)の倫理綱領の作成の根幹部分の素案の作成について議論を始めることにしています。
その際,例えば,学問の自由や自治の尊重を前提とした研究者の保護,生命の尊厳を守る立場からの研究の立案,着手から報告,評価とその公開に至る課程に求められる内部規律,業務実施上の他分野,他機関との協力のあり方,さらに応用心理学に対する他者評価や第三者評価,倫理委員会の設置などについても考慮を払って検討を行うこと等が話し合われています。
応用心理学会会員からの,さらなる関連資料の紹介や,各位の,御指摘や御意見がいただけることを心から願っております。中間報告を行い,多くの御意見を反映させながら成案を得て,それ以後もさらに各種事例の分析を深め,重ねて吟味を加えつつ改善が行われることによって,応用心理学の発展とその適用が進むことになることを希っております。会員のみなさまの積極的なお力添えをお願い申し上げます。
(龍谷大学教授)

研修委員会報告

委員長 大塚 博保

第69回大会で「日本応用心理学会第1回研修会」が開催されることとなりました。輝かしき初めての研修会は,大会初日の午後を予定しております。第1回研修会の講師は,太田垣端一郎先生,蓮花一己先生のお二人です。是非,研修会にご参加ください。
古い話になりますが,平成10年3月の常任運営委員会(当時)で荻野七重事務局長から認定「応用心理士」の研修を行うための研修委員会を設置したいとのご提案がありました。これがそもそもの始まりで,当学会会員を対象にした研修会開催のための研修委員会企画検討委員会が設けられました。これが発展,研修委員会となり,大久保康彦先生が初代委員長となり,当学会としての研修のあり方についての討議がなされました。会員の皆様からのアンケートも頂戴いたしました。
ご存知のように,当学会会員の極めて幅広い研究領域を考えるとどのような研修を行ったらよいか,そして認定「応用心理士」の資格を取得された方々の研鑽,あるいは取得希望者の認定条件充足の補完に役立つにはと,大変苦心致しました。
第1回研修会では,上記両先生からご講義を賜ることにより,応用心理学の研究の進め方,方法論,現場との対応,成果,社会への還元,貢献などについてのご示唆を頂くことといたしました。研修会参加については,第69回大会案内第2号通信をご覧ください。
(交通安全研究所所長)

研究室紹介(4)
  立教大学心理学研究室

神田 久男

立教大学に心理学科が設立されたのは,1949年のことである。実際にはそれより17年も前に,大学はすでに6つの心理学実験室が設けられていて,ドイツから輸入した機器を用い当時としては最先端の実験研究が行われていた。やがて心理学科がスタートしてからは,豊原恒男らによって心理学の応用領域にも重点が置かれるようになった。こうして半世紀の間に幾多の変遷を遂げながら,そこで培われた伝統は今日まで受け継がれ,心理学の実験を中心としたいわゆる基礎と呼ばれる領域と,臨床や産業,発達,社会心理学のような応用の領域が互いに刺激し合い,車の両輪のように支え合って現在に至っている。
昨年度から研究施設は拡允され,実験室(8),行動観察室,リスザルやハトの飼育室をはじめとして,これに学科付属の心理教育相談所もプレイルーム,相談室(3),観察室などを備えた研究・相談機関として地域に密着した活動を開始している。このことからもわかるように,研究領域は知覚や生理,比較認知から発達,社会,産業,臨床と広範におよび,これらを有機的に関連づけながら,統合的な人間理解に迫ろうとしている。
(立教大学教授)

応用心理士事務局より

岡村 一成

【1】01年度後期の「応用心理士」資格認定者は下記の通りです。

久能 由弥(No. 171) 梶原 隆之(No. 172) 山本 陽子(No. 173)
樋上 敬雄(No. 174) 佐藤 嘉晃(No. 175) 谷川 弘治(No. 176)
縫沼 恵(No. 177) 木村 たき子(No. 178) 高野 真吾(No. 179)
以上9名。( )内の数字は認定番号。

【2】現在,02年度前期の資格認定申請受付中です。受付締切は5月末日ですが,6月末日まで受付を延長いたしますので,ぜひこの機会に申請手続きをお取りくださいますようお願い申し上げます。なお,『資格申請の手引き(申請書類つき)』の必要な方は,現在「会員」と明記のうえ,
〒l69-0075
東京都新宿区高田馬場3-8-1 東京富士大学内「応用心理士事務局」
へ葉書でお申し込みください。
FAX(03-5386-2451)でも受付ます。無料でお送りします。

【3】すでにご案内のように,第69回大会期聞中(9月7日)に,研修委員会企画の「研修会」が開催されます。この研修会は「応用心理士」の資格を取得された方の研鑽の場として,ぜひご利用いただきたく存じます。
また,「応用心理士」の資格取得を希望されているが研究発表の機会が少ないなど,取得要件を満たせない方は,この研修会にご参加ください。研修会参加の回数を加算し,資格要件の一部とすることを検討しております。
(東京富士大学教授)

事務局より

事務局長 荻野 七重

< 訃 報 >
日本応用心理学会名誉会員,日本女子大学名誉教授高橋たまき先生が去る4月11日に逝去されました。高橋先生は前事務局長として,また亡くなられるまで機関誌編集委員長として本学会にご貢献くださいました。長年にわたる先生のご貢献に感謝し,謹んで哀悼の意を表します。

〒l87-8570
東京都小平市小川町1‐830
白梅学園短期大学心理学科
日本応用心理学会広報委員会
(林 潔・神作 博・大坊 郁夫・浮谷 秀一)