日本応用心理学会ニュースレター No.2
━ コミュニケーションの広場 ━
目 次
老いに対する負の価値観 ………………………………………………… 黒田 正典
スクールカウンセラーレポート ………………………………………… 福井 嗣泰
私のNPO活動と心理学 ………………………………………………… 今井 省吾
応用心理学の国際交流 …………………………………………………… 福原 眞知子
学会賞を受賞して ………………………………………………………… 深澤 伸幸
宮仕え心理職の愚痴話 …………………………………………………… 川邉 譲
事務局より
老いに対する負の価値観
━ 心理学者名簿の国際比較をしてみて ━
応用心理士 黒田 正典
【問題】最近,千葉正土氏「法人類学の可能性」(国士館法第31号,1999年12月)の寄贈を受けたが,その中で氏は「老年化制度」を提唱し,そして近代社会には「老年は近代の忘れ物いや意図した廃棄物だという思想が明白に窺われる。」として,この制度の用意を社会・法律がなすべきことを説く。これを読んで,私も類似の問題を感じていたことを思い出した。私は日本心理学会の理事会に,会員の生年月日の掲載をたびたび要請したが実現せず,その経過のみがニュースレター第四号(1992.7.31)に掲載された。これに先立つ5月16日の理事会で,私は学会発表論文と同形式で「心理学者の名簿=その国際的比較」という資料を提出,説明した。ここではその内容の骨子を紹介するが,日本応用心理学会の諸賢にもご配慮いただければ,ありがたい次第である。
【調査項日と結果】「性別」,「生年月日」,「全6項目記述」の3範疇で,全6項目記述とは(1)性別,(2)生年月日,(3)学位,(4)現職,(5)連絡先任所,(6)専攻領域の完備の有無である。資料は国際心理学者名簿(1985)であるが,米国のみこれに加入せず,米国心理学者名簿(1985)によった。記載国家は50か国であるが,記載完備は36か国であり,記載完備はいわゆる先進国に多く,いわゆる途上国には少ない傾向がある。(スペースの関係で,ここでは実証的に論じられないのは残念である。)なお日本については,国際心理学者名簿のなかでは完備掲載で,優等生ぶりを示している。しかし現行の国内向けの名簿では,諸学会はことごとく生年月日を敬遠している。
【考察】生年月日の欠落は名簿の価値を半減させている。恩師・先輩の記念行事等の責任者になった場合まことに困る。また若い人の人事でも,卒業年次の記載だけでは役立たない。なんたることか!「科学的心理学者」たちが年齢に対して負の価値観をもつとは。
スクールカウンセラー・レポート
江戸川女子短期大学 福井 嗣泰
1995年文部省「スクールカウンセラー活用調査委託事業」が開始された。1997年赴任県下全体で学校臨床心理士(スクールカウンセラー)の配置は385校中79校であった。
現場では,「いじめ」「不登校」「人間関係」の問題は,生徒指導,養護教員が中心になって対応されていた。
学校の中では,これらの問題をもつ生徒は,「やっかい」な存在であり,その行動は臨床的適応障害として理解されにくい状態であった。スクールカウンセラーの業務は,不登校,保健室登校,休みがちの生徒と,スクールカウンセラー室に自主的にやって来る友達関係,クラブ関係で悩んでいる生徒達の対応となった。
━ 介入・援助の開始 ━
◎重度群(親・子・教師とも行動を起すことができない)への対応は,親とスクールカウンセラーとの話し合いの勧めを実施した。担任とは,登校刺激とならない存在承認を与えるコミュニケーション・トレーニングを実施した。
◎中度群(登校できるがクラスに入れない)生徒への対応は,ラポールとアセスメントの実施,その後心理療法の基本プログラム設定した。可能な場合は親のカウンセリングを開始した。,担任とは,重度群と同じ。
◎軽度群(学校生活は辛うじてできるが人間関係が上手くいかない)の生徒への対応は,アセスメントとアサーショントレーニングを実施した。
━ アセスメント(DSM4,心理テスト) ━
アセスメントは下記対応区分の明確化のため実施した。(1)医療機関・外部相談機関ヘリファーする。(2)スクールカウンセラーが対応する。(3)担任・養護教員が対応する。
心理テストで導入しやすく思われたものは,中学生用YG性格検査,HTPP,バウムテスト,ソシオメトリクテストであった。
━ 心理療法(認知・行動・関係の変容を目的に実施したもの) ━
カウンセリング(積極的傾聴法,認知療法)・行動療法(リラクセーション法,系統的脱感作法,自律訓練法,主張訓練法,オペラント法モデリング法)・家族療法(空想とイメージに関する技法,ソシオメトリックな技法,行動変容の課題技法,システムに働きかける技法)・ロールプレー・催眠療法が有効的技法であった。
━ 今後に残された問題 ━
(1)学習遅滞を改善するために一般学級と養護学級の間に適応障害学級(仮称)が必要と考えられるが殆どの学校にそのシステムかない。(2)適応障害・精神障害に対応する家族の知識不足と初期対応の誤りの改善。(3)精神医療,児童相談,教育相談などの諸機関との連携。(4)問題生徒への初期対応に関する校長・教頭・生徒指導主任・担任への高い動機付けが必要と考える。このように学校現場では解決しなくてはならない問題が山積みしているのが現状である。
私のNPO活動と心理学
応用心理士・文博 今井 省吾
私は都立大35年,明星大12年,心理学の仕事(知覚と環境心理)を続け,2年前にフリー,いま,ボランティア活動中です。私達の活動は昨年10月,都庁から特定非営利活動法人アビィフィールド日本協会として認証されました。この法人の目的は「一人暮らしで自立しているが,さびしく不安な高齢者のためのファミリーサイズのグルーピング,要するに要介護にならない住環境をつくること」です。英国アビィフィールド協会は,この活動に45年の豊富な経験を持ち,現在約1000軒のハウスが加盟国にあります。昨年,NPO日本協会は13番目の加盟国となり,国際会議で日本の現状を発表し,ハウスつくりのノウハウを学びながら,日本の実情にあったハウスを目指しています。
活動の実例を少し述べますと,昨年4月,メンバーの2名がロンドン近郊のハウス数軒に短期間泊まり込み,フィールドワークをして,ハウス運営の心を知る貴重な体験をしました。11月には,老後は「こんなハウスに住みたい」というテーマのセミナーで,参加者全員のバズセッション討議の結果,参加者はハウスの建物のハード面よりも,居住者や支援コンサルタントなどの人間関係のソフト面に強い関心のあることがわかりました。
私は実践活動の中で,心理の仕事の発見と,開拓を考えています。具体的に言えば,ハウスに体験入居,居住者のプライバシーと人づきあい,ハウスマザーやハウスキーパーによる心のケアの質と研修,地域コミュニティとの交流,ハウスの人間工学的デザインなどは,社会,臨床,健康,教育,環境心理学の交差する領域です。さらに私達が実験中の心身のリハビリを兼ねた高齢者のための手作り遊具では,拡大トランプ,カルタや生活の組み合わせ絵カードの手になじみ易い大きさや,硬さの決定,布製の人形動物の肌触りやかたちの考案などは応用実験心理学とも関連します。
学会の会員皆様のご支援を頂ければ幸いです。
◎お問い合わせは
NPOアビィフィールド日本協会(正会員,賛助会員を募集中)
〒152‐0002東京都目黒区目黒本町1‐9‐2
Tel&Fax03‐3714‐8661
応用心理学の国際交流
仏教大学・応用心理士 福原 眞知子
近年学問の世界における国際化がますます盛んである。情報通信はそれを促す強力な手段であろう。応用心理学の分野でも例にもれない。ちなみに私が関係している国際応用心理学会(IAAP)ではスペインの事務局からネットで全理事へのメッセージが発信される。また各理事からのメッセージも事務局を介して流される。したがってさしあたっては自分に関係のないような特定の理事間のコミュニケーションも一目でわかる。これは当事者同士の迅速なコミュニケーションという以外にもメリットがある。それは忠実にそれらを追跡することによってそれぞれの理事のものいいや背景に触れることが出来る。一見ビジネスライクなコミュニケーションにも人間らしさを感じることが出来る。これは組織運営の雰囲気や流れをあるがままに理解し,自分が発言する折りにも役立つように思う。私はいまさらながらこのようなシステムの利便性や影響に感心している。研究等の討論においても,このような形のものが要求されるのかもしれない。学問の国際化とはなにか,“国際交流はいかにして”といった問題が取り上げられて久しいが,それはやはり“人と人の心のふれあい”が基盤にあってのものだと痛感する。
ところで先述の国際応用心理学大会(第25回)が2002年(7月7日~12日)にシンガポールで開催される予定である。四年毎に開催されるこの大会が京都(1990年)で開催されたことは記憶に新しい。当該学会は世界最初の国際レベルの心理学会であり,現在90ヶ国より2000名が参加している。心理学の発展を目標に14の部会からなり,それぞれ幅広く活動を続けている。部会への重複参加が可能であるが,現在のところ会員数が比較的多い部会はorganizational psychology,psychology of assessment evaluation,traffic transportation psychology,educational,instructional and school psychology,と続く。近年は臨床心理,とくに健康心理部会への参加が急速に増えつつある。関連する国際心理学会関係の諸学会を傘下に,これらと協力関係を保っている。したがってこれは応用心理といえども基礎から応用まで,一致して“役立つ心理学”を模索する。今夏スウェーデンで開催予定(7月23日~28日)の国際心理学会,IUPsy(唯一の団体加入学会)とも連携をとりあい,とくに第三世界のサイコロジストのためのトレーニング組織(ARTS)の運営やヤングサイコロジストの参加を励ますなどに積極的な姿勢を展開している。ここでの日本の役割も期待されている。このような形での国際交流も大切なものと考える。〔シンガポール大会へのご参加をお願いいたします〕
学会賞を受賞して
鉄道総合技術研究所 深沢 伸幸
学会賞を受賞する栄誉を賜り感謝しますと共に,審査に関わられた関係者各位に対して厚く御礼申し上げます。
私は十数年に渡り,単に危険感受性を中心とした,運転者に対する安全教育手法の開発と実施に取り組んできただけの者ですので,受賞の報を受けました時には大変驚きました。私は心理学徒の端くれとして,心理学を通じて社会への貢献の道を模索してきました。とくに応用心理学においては,「社会が求めているもの」を的確に捉え,課題解決する必要があります。今後の心理学における更なる発展のためには,社会と共に生きる姿勢が大切で,社会の支援無しには成り立たないと考えます。
しかしながら,応用心理学が課題解決の学問を標榜すると,とかく取り違えられることもいよいよあります。それは結果オーライに堕することです。応用心理学は,課題解決の学問であるとはいえ,心理学における基礎理論抜きには語れません。応用心理学の観点から課題を解決しても,それで研究が終了することにはなりません。課題解決を通じてある事象の関連性が明確になったならば,そこにおける関連性をもたらすメカニズムの解明研究へと進むべきです。こうして課題解決としての応用心理学研究から,基礎研究領域であるメカニズムの解明研究へと,研究を展開していくことが心理学における知見の集積に役立つと考え,ひたすら応用研究と基礎研究との融合を心掛けてきました。未だ道は半ばですが,今後も愚直にこの道を歩みつづけたいと考えております。
最後にもう一度日本応用心理学会各位に対して深甚の謝意を表し,御礼申し上げます。また,今後益々の学会の発展に微力ながら尽力することを誓いながら,筆を置かせていただきます。
宮仕え心理職の愚痴話
東京鑑別所主席専門官 川邉 譲
このニュースレターの原稿依頼は3月末にいただいたのですが,ここのところ2年ごとの転勤が慣例化してしまっている私にとっては最悪のタイミングでした。案の定,依頼をいただいた私は東京矯正管区所属で,原稿を書く私は東京少年鑑別所所属となっております。以前には,人事院等にも勤務してたことがあります。色々な仕事を経験できてしまうのは,臨床一本でやりたい身には少しばかり有り難迷惑ですし,ご存知のとおり転勤や転居のストレスは小さくありません。宮仕えも楽ではありません。
しかし,宮仕えの心理職としてもっと辛いことは,心理学だけやっていては組織の中での心理職の地位を向上させたり,心理学の知見の影響力を増大させられないということです。心理学を行政の中で生かすには,誰かが犠牲となって,心理学とはあまり縁のない予算,人事,制度といった行政的課題に取り組まなければならないのです。そうした役回りは,誰にも増して心理学や心理職に愛着を持っている人でないと担えませんから,矛盾した話です。心理学と行政の内的統合などという難しい課題には誰も手を出したくありません。
しかし,今後,心理学を実社会の中で一層生かしていこうとするとき,これは避けて通れない問題です。勇猛果敢な若き心理職の出現を期待したいと思います。以下,ニュースレターらしく,公務員試験情報を提供します。
国家1種試験,地方の心理職試験等のほかに,法務省が独自に平成8年から始めたA種技官採用試験があるのをご存知でしょうか。これは少年鑑別所の技官を採用するもので,29歳以下の日本国籍を有する人で,大学院修士修了(見込み)以上の人が対象となります。毎年,7月初旬から9月初旬ころに募集し,10月ころに試験(専門多肢,専門論文,面接)があります。詳しくは,各地の少年鑑別所か矯正管区にお問い合わせください。