理事長 森下 高治(もりした たかはる)
帝塚山大学 心理福祉学部
2011年も10ヶ月が過ぎ,大震災以降私たちが住む社会は震災で原発事故が発生し,これまで経験したことがない環境汚染や社会・経済の低迷が続いている。復興にほんの少しは踏み出しつつあるが,未来の子どもたちに大きな課題を背負わしている現状から確実に希望の光が差すことを祈りたい。そのようななか,いまこそ応用心理学の社会に対しての貢献と使命が問われている。この度,ホームページが一新されるのを機会に多くの応用心理学徒と未来に向けた応用心理学,学会の今後を考えてみる。
日本応用心理学会は,日本心理学会とともにわが国おいて第二次世界大戦前,期間中,戦後半世紀を経て,その間心理学の成立基盤に根本的な変化を経験し,影響を受けつつ継続してきた数少ない学会の一つである。
1999年に結成された日本心理学諸学会連合の組織には,現在39団体が加入している。
多くの心理系学会のうち日本心理学会に次いで歴史的に古い,伝統のある学会である。
人間の幸せを創出する学問として心理学,応用心理学が位置づけられるが,原理・原則の発見をする基礎心理学,理論心理学に対峙する形で応用心理学がある。応用心理学は,問題解決のための学問であり,応用心理学-Applied Psychologyを通じ原理・原則の発現を目指すことからまさに実践心理学-Practical Psychologyであると言える。
本年信州大学(内藤哲雄教授)で開催された大会は,78回を数えた。2012年の79回大会(北星学園大学 濱保久教授)は札幌にて開催,再来年2013年には80回大会(日本体育大学 藤田主一教授)を迎える。
1998年に日本応用心理学会史が刊行された。副題は-学会活動の変遷 回顧と展望-がつけられていた。加えて本年2011年9月14日に日本心理学会第75回大会(日本大学,厳島行雄大会委員長)に日本応用心理学会は,後述の通り開催校である日本大学と関係が深いこともあり,学会あげて『応用心理学の発展と社会への貢献』※ を大会シンポジウムテーマに取り上げた。本学会副理事長の藤田教授がシンポジストして”応用心理学と日本応用心理学会の発展”と題して話題提供をされ学会の歴史を纏められた。ここでは,学会史とシンポジウムで取り上げられた一部を紹介する。
わが国の応用心理学的研究活動は,1920年頃に一層盛んになったとされ,1927年に各種テストを検討するための研究会が関西で生まれ,「応用心理学会」と呼ばれていた。後の関西応用心理学会,現在の関西心理学会である。
一方,東京近辺在住の心理学者らが「応用心理学会」の第1回会合を1931年に東京帝国大学で開催した。その後,第二次世界大戦までの間,関西と関東で定期的に「応用心理学会」,また隔年で「応用心理学会合同大会」が開催された。戦時中の1940年に応用心理学会暫定規則が発表された。1941年には心理学会会則が出来,既存の国内の心理系学会が一つに纏められた。
戦後まもない1946年に「応用心理学会復興第一回大会」が日本大学(渡邊徹教授)で開催,1957年までは年二回行われていた。今日,39もある心理学関係学会名をみると研究領域,分野は極めて広いが,なかでも応用心理学は社会の具体的な問題解決に大きな役割を担っている。今世紀の1/4世紀のなかで細分化された心理学のさまざまな領域の統合・融合が必要ではないかと思う。
最近,心理学の近接領域である脳神経科学の分野ではいろんなことが分かってきた。また,応用心理学は認知科学の問題ともかかわりが深い。しかも,昨今の社会経済的環境,地球環境の問題は,個人を超えるところにあり,そこには学際的な問題,他領域研究者とのリエゾン(連携 liaison)の問題がある。このようなことから心理学の近接領域,また,相当遠い位置にある領域からの参入もあることは自然の流れである。
実際,社会,交通,看護,産業,臨床,医療,教育,福祉,犯罪領域以外に工学,情報系などさまざまな分野の研究者の入会が一層望まれる。私たちは,なによりも先達が築いて来られた応用心理学を学び,これからの応用心理学を考え,他分野,他領域の研究者との共同作業を通じ,社会に貢献できる学問にさらに育てていきたいと考える次第である。
※ 藤田先生以外に話題提供者は,応用心理学の第一人者である井上孝代教授(明治学院大学)が「基礎心理学と応用心理学の協同による心理学教育の試み」を,臼井伸之介教授(大阪大学)が「安全研究における応用心理学の役割」と題して話しをされた。司会は,大坊郁夫教授(大阪大学)が労をとられ,指定討論に田之内厚三教授(麻布大学)と厳島教授が役割を担われた。