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大会企画 特別講演

アニメに見る「感情の谷」

日 時:8月25日(日) 13:00 ~ 14:30
場 所:日本大学商学部 1303室
企画者:日本応用心理学会第86回大会委員会
司 会:外島 裕 氏(大会委員長)

講師 横田 正夫 氏

(日本大学 文理学部心理学科 教授)


1.日本のアニメ
 日本のアニメは世界に広く知られ,多くのファンを獲得している。最近では,「進撃の巨人」がその一つである。そのヒットの理由には,青年期を描いていること,物語の複雑であること,特異な世界観が描かれること,キャラクターが魅力的であることなど,いろいろと考えることができる。その中の一つの大きな特徴にこころを描くということがある。悩む主人公,激しく感情を揺さぶられる主人公は,日本の観客には馴染みのものである。特に,主人公が激情の果てに無意識世界に落ち込み,そこでの出会いによって悟りを得て,ヒーローになってゆくといったパターンが好んで描かれる。このパターンを「感情の谷」として概念化した(横田,2017)。

2.「感情の谷」
 「感情の谷」では主人公が危機に遭遇し,こころの奥底に閉じこもる。その危機は生半可なものではない。上記の「進撃の巨人」では,主人公は,戦いを挑んだ巨人に捕食され,胃の中で,絶叫する。ここには死を目の前にした激情がある。そしてこの激情が,主人公を巨人に変身させる。巨人は他の巨人を倒すことのみを目的として,無意識的に行動する。その無意識のさらに底では主人公は死んだはずの母親と平和に暮らしている,と実感している。「感情の谷」の無意識の底には,平安な隠れ家があった。主人公はそこからでる必要性を持たない。その安住の場から出るためには,外からの友達の呼びかけが必要で,それが主人公の望んでいたことを思い出させる。主人公の本来の願いを悟らせる。こうして巨人に変身し倒れていた主人公が復活する。こうした「感情の谷」への落ち込みとそこからの回復は,日本のアニメの歴史を振り返ると繰り返し描かれてきていた。そのはじまりは高畑勲監督の「太陽の王子 ホルスの大冒険」である。主人公ホルスは,悪魔に娘として育てられ,手先として村に送られてきた美しいヒルダの策謀によって迷いの森に突き落とされる。もともとホルスは,ヒルダが一人ぼっちで廃村にいたところを,彼の村に連れ帰ったのであり,ホルスが孤児であることもあって好意を寄せていた。その彼女が村を混乱に陥れ,村からホルスを追放し,その果てに彼を迷いの森に突き落とした。ヒルダは,迷い森に突き落とす直前に,自らの口から,その顛末を知らせる。しかしそれでもなおホルスはヒルダの人間の心を信じていると彼女に伝える。迷いの森に落とされたホルスは,森の中でヒルダの姿を幻視する。幻視をみるほど,ホルスはヒルダによって激情状態に陥れられ,「感情の谷」に落ち込んでいた。さまざまな幻覚をホルスは見るが,その中のひとつは一人のヒルダがたくさんのヒルダに分かれてゆくというものであった。これを目にしたホルスは,悟りを得る。つまりばらばらな村人たちのこころをひとつにまとめることができるならば,その力は悪魔をも凌ぐものになるというものである。この悟りを得たとたん,誰も脱出できないとされた迷いの森からホルスは脱出できた。迷いの森は,彼が「感情の谷」に落ちこんだことの象徴であり,その谷底でヒルダに新たに出会い,その出会いによって悟りを得,そしてヒーローとして現実世界に戻ってきたとパターン化できる。こうした「感情の谷」は,その後「幻魔大戦」や「パーフェクトブルー」,最近の「君の名は。」,「この世界の片隅に」にいたるまで応用されてきた。このアニメの「感情の谷」に対応するような体験は現実世界にも見いだせる(横田,2017)

3.「感情の谷」の心理学
 「感情の谷」に相当するものは,統合失調症の発病過程に見ることができる。その発病初期には世界没落体験として知られる世界が不気味に変容し,破滅的な出来事が起こりそうな不穏なものに変化する。その後,不穏なものが,患者本人にとって独特な意味を帯び,世界のすべてのものが何やら暗示しているようで,重大な意味を秘めている確信が生まれる。こうして妄想が芽生え,すべての出来事が自分を陥れようと仕組まれ,どこにも逃げ場がないと恐怖に陥る。こうした発病過程では,緊張困惑気分というような不安でいてもたってもいられないような感情に見舞われる。そして「感情の谷」に落ち込むアニメの世界のように妄想世界に入り込んでゆく。しかし統合失調症の発病過程とアニメの「感情の谷」の両者で相違していることは,患者では妄想世界から悟りを得て現実に戻るということが困難ということである。別の例では臨死体験として知られるものがある。瀕死の重傷を負った人の中には,臨死体験を報告するものがある。例えば,分析心理学のユング(ヤッフェ,1973)は1944 年の初めに心筋梗塞を患い,危篤状態に陥った。その際,さまざまなビジョンを見た。彼は地球外にあるように感じ,眼下に地球を望んだ。そして地球から遠ざかっていると感じた。しばらく地球を見てから向きを変えたところ真っ黒な石塊が見えた。ユングの家と同じかそれより少し大きめのサイズだった。その入り口に近づいたとき,すべての経験が走馬灯のようにユングから消え去り,離脱した。ユングは,「私は存在したもの,成し遂げたものの束である」と悟った。こうした時,下の方から一つのイメージが浮かび上がってきた。主治医のものであった。ユングは地球を離れる権利はなく,引き返さなければならないと彼からメッセージが送られてきた。そして主治医の幻像は消えた。このように臨死体験のなかでユングは悟りを得たのであった。

4.まとめ
 日本のアニメの一つの特色は,「感情の谷」を描くことで,統合失調症患者の体験するようなこころの混乱や臨死体験を娯楽として提供する。主人公たちは,激情の果ての「感情の谷」の底で,自身の心を高めるような悟りを得る。視聴者はアニメを通して自身の心を高める悟り体験を疑似的に得る。ここに日本のアニメが好まれるひとつの理由があると思われる。

引用文献
横田正夫(2017)大ヒットアニメで語る心理学,新曜社
ヤッフェ, A(編)(1973)ユング自伝2,みすず書房