発達障害の家族支援における「障害受容」
━ その概念の変遷を巡って ━
日 時:8月27日(日) 13:00 ~ 14:00
場 所:立正大学 品川キャンパス 11号館5階(11513教室)
企画者:日本応用心理学会第84回大会委員会
司 会:古屋 健 氏(大会委員長)
講師 中田 洋二郎 氏
(立正大学心理学部臨床心理学科)
【はじめに】
私は発達障害のある子どもの家族支援を専門としている。日頃の臨床実践では,主に発達障害の心理アセスメントと保護者の障害認識の促進の相談に従事することが多い。本講演のテーマはそのような実践活動の理論的背景となっている発達障害の「障害受容」について論じる。とくに「障害受容」という概念について,実践と研究の両面からその功罪について論考したいと思う。
【障害とは何か】
世界保健機関(WHO)は1980 年に制定した国際障害分類ICIDH を改訂し,2001 年に国際生活機能分類ICF(図1)を制定した。ICIDH が障害と健常という対概念を前提としていたのに対し,ICF はあらゆる人々の生活や健康という包括的な観点から障害という概念を廃している。しかし,現在もまだ障害への忌避感は社会にまた個人の中に存在し,障害の当事者においてはそれが再適応を阻む要因と考えられ,「障害受容」の問題として語られる。
【発達障害と何か】
以前,発達障害は脳機能の発達の遅れと考えられ,知的障害と自閉症を中心とし,その出現率は2-3%であった。現在は脳機能の特異な偏りとしての自閉症スぺクラム障害,局限性学習障害,注意欠如・多動性障害など知的障害を伴わない障害が中心となっている。また,その出現率は6-9%と想定されるほど拡大している。
またその症状はスペクトラムと称されるように,障害の重なりと障害から健常までも含む連続した状態と考えられるようになっている。かつて,障害は軽減することはあっても「治る」ことはないと考えられてきたが,現在の発達障害においてはまさにICF が示すように環境と個人の要因によって,障害となる場合も健常となる場合もありうると考えられる。現在の発達障害においては「障害」という概念自体が曖昧なものとなっている。
【「障害受容」の概念の変遷】
「障害受容」という概念は,身体の中途障害のリハビリテーションの領域において,身体欠損の受容(acceptance)と受傷後の生活への適応(adjustment) に関する理論を上田(1980)が融合し,価値観の転換が障害の受容の本質であるとした後,身体的中途障害だけでなくあらゆる障害や慢性的疾患の当事者また家族の課題へと拡大した。
【発達障害の「障害受容」】
発達障害では診断名告知後の保護者の感情的反応に関する段階説がある。いくつかの段階説のうちDrotar,et al. (1975)のショック・否認・悲しみと怒り・適応・再起の5 段階説が著名である。この段階説が一方向的に再適応へと進むと考えるのに対して,Olshansky(1962)は,障害をもつ子どもの親は障害を知った後も絶え間ない悲哀感をもち続けているとする波状型の適応である慢性的悲哀(悲嘆)説を唱えた。また中田(1995)は段階説と慢性的悲哀説を統合する形で,障害の否定と肯定の二つの感情が保護者の心情であり,障害の受容は個人の主体性に委ねるべきであるとする螺旋形モデルを提唱した。
【「障害受容」という概念の有用性】
以上の理論は発達障害のある子どもの親の「障害受容」に関わる仮説とされ,近年関心が高まった知的障害を伴わない発達障害の家族支援の分野においても度々引用される。しかし,いずれも知的障害やそれをともなう自閉症を対象としており,知的障害を伴わない発達障害において,親の心理的状態をどれほど説明できるか疑わしい。先述したように障害という概念自体が曖昧な現在の発達障害において,環境との関係に左右される子どもの状態を,保護者が障害として捉えること自体が困難であり,「障害受容」という概念そのものが有用な働きをしがたい状況にあると言える。
【おわりに】
純粋な学的探究は研究者の興味や好奇心から出発するものもあるが,応用心理学における探求は,いずれも,人の心の充実や人と人また人と外界のより良い関係の形成を目的として行われ,研究の成果は必ず実践に貢献する形で還元される,そのように考えて研究が行われているはずである。私が「障害受容」という概念の検討に拘泥するのは,この実践と研究の関係がいびつで解離しかねない状況にあると懸念するからである。その関係が修復されることを願って脱稿とする。
【引用文献】
- 中田 洋二郎 1995 親の障害の認識と受容に関する考察 ━ 受容の段階説と慢性的悲哀 ━ 早稲田心理学年報,27,83-92.
- Olshansky,S. 1962 Chronic sorrow: A re-sponse to having a mentally defective child. Social Casework. 43, 190-193.
- Drotar,D., Baskiewicz,A., Irvin,N., Kennell,J., & Klaus,M. 1975 The adaptation of par-ents to the birth of an’ infant with a con-genital malformation :A hypothetical model. Pe-diatrics, 56(5), 710-717.
- 上田 敏 1980 障害の受容-その本質と諸段階について ━ 総合リハビリテーション ━,8(7),512-521.
更新:2017年8月15日
研究テーマ
子どもと家族の心の発達とそれぞれの成長の過程で起きるさまざまな問題(発達障害,不登校,家庭内暴力,非行etc.)の成因と支援について,研究と実践の双方からのアプローチを専門としています。
所属学会(主要)
日本小児精神神経学会,日本家族研究・家族療法学会,日本児童青年期精神医学会,日本教育心理学会
社会的活動
日本小児精神神経学会常任理事,福島発達障害の会「とーます!」顧問,品川区教育委員会専門相談員など
大学院担当
心理学研究科(修)臨床心理学専攻 授業担当
心理学研究科(修)臨床心理学専攻 研究指導担当
心理学研究科(博)心理学専攻 授業担当
心理学研究科(博)心理学専攻 研究指導担当
現在の専門分野
臨床心理学(キーワード:発達臨床心理学)
論文
- 女性の醜形恐怖心性尺度の作成 (共著) 2015/03
- 発達障害特性による大学生活の困難性への支援―自閉症スペクトラム障害に対する大学生の援助意識に関する調査― (共著) 2015/03
- 発達障害の幼児期の家族支援 (単著) 2014/10
- 現在の発達障害における母親の精神的ストレスについて―定性的データ分析の試みを通して― (共著) 2014/03
- 支援をつなぐ発達相談-家族支援の広がりのために (単著) 2014/03
- 大学生における身体の可変性についての基礎的研究―KJ法による可変性に関する自由記述の分析を通して― (共著) 2014/03
- 家族と専門職の連携を支えるペアレント・トレーニング (単著) 2014/02
- 子どもの育ちを支える家族への支援 : 保護者ときょうだいへの支援のあり方 (単著) 2014/01
- 青年期女子の身体可変性への認知と身体満足感との関連 (共著) 2013
- 保護者支援とペアレント・トレーニング (単著) 2013
著書・その他
- 著書 子どもの心の処方箋ガイド (共著) 2014/04
- 著書 保護観察のための発達障害処遇ハンドブック (共著) 2014/03
- 著書 こども おとな 社会―子どもの心を支える教育臨床心理学 (共著) 2010/09
- 著書 青年向け生活・仕事・人間関係ワークブック : アスペルガーと呼ばれるあなたへ(E.S.ヘラーコリン著) (共著) 2010/08
- 著書 臨床心理士のために子育て支援基礎講座 (共著) 2010/06
- 著書 障害児のメンタルヘルスに関する研究―うつ状態の早期発見と家族支援― (共著) 2010/03
- 著書 障害児の親のメンタルヘルス支援マニュアル―子どもの支援は親支援から― (共著) 2010/03
- 著書 子どもの心の診療入門 (共著) 2009/09
- 著書 発達障害が引き起こす二次障害へのケアとサポート (共著) 2009/09
- 著書 ADHDとはどんな障害か-正しい理解から始まる支援 最新改訂版 (共著) 2009/05
社会における活動
- 2009/04~ 東京都中央区教育相談室スーパーバイザー
- 2007/08~ 東京都品川区小中一貫特別支援教育推進協議会委員
- 2007/04~ 市川市教育センター教育相談室スーパーバイザー
- 2007/04~ 市川市教育振興会議委員
- 2007/04~ 東京都葛飾区教育センター教育相談室スーパーバイザー
- 2007/04~ 東京都品川区教育委員会特別支援教育巡回相談員
- 2006/04~2009/03 千葉臨床心理士会幹事
- 2006/04~ 東京都教育センター教育相談室スーパーバイザー
- 2005/04 2001年よりNPO法人えいじそんくらぶの福島支部ADHDの会「とーます!」顧問
- 2005/04~ 船橋市発達センタースーパーバイザー