日時:8月30日(金) 13:30 ~ 15:15
場所:中京大学 名古屋キャンパス センタービル7階(0703教室)
企画・司会者
蓮花 一己 氏(帝塚山大学心理学部)
話題提供者
北川 博巳 氏(兵庫県福祉のまちづくり研究所)
岡村 和子 氏(科学警察研究所)
多田 昌裕 氏(近畿大学理工学部)
蓮花 一己 氏(帝塚山大学心理学部)
【企画の趣旨】
高齢者は世界的に見ても人口が急速に増加しているのみならず,寿命が延びるにつれて,活動の範囲を増やし社会システムの変革をもたらす存在となりつつある。一方で,正常加齢と病的加齢の区別があるように,個人差が大きく,生活の質も様々である。高齢者のモビリティと安全に関して,これまでも多くの知見が積み重ねられてきたものの,高齢者のモビリティを確保することで生活の質を維持あるいは向上させる取組はまだ始まったばかりである。
本シンポジウムでは,高齢者のモビリティと安全に深く関わってきた研究者を迎えて,研究と実務面からこれまでの知見と社会的動向を紹介して頂く。高齢ドライバー,高齢歩行者,高齢自転車利用者など様々な交通手段がある中で,いかにして高齢者の生活の質を維持しつつ,交通リスクを低減するかは今日の重要テーマである。本シンポジウムでは,高齢者の事故,行動,心理,社会システムの諸側面から専門家の発表と質疑応答を通じて,問題解決の視点を提供する。
(れんげ かずみ)
高齢者のモビリティと安全を確保するための様々な側面
Keyword:モビリティ,交通行動,移動環境,まちづくり
近年,健康余命延伸のためのまちづくり・コミュニティづくりへの期待は高く,高齢者モビリティ(移動性)確保はその主要課題である。高齢者自らが運転することで社会参加と交流は達成可能と考えられるが,高齢者関係の交通事故は増加傾向にあり,高齢ドライバーが引き起こす特異な事故も知られているところである。高齢ドライバー対策は運転特性や適正から得られる人・車両・道路など各種の事故対策から,時には免許返納に至るまでの安全性確保,そして自動車がなくても居住継続が可能となるモビリティ確保の両面を包括的に考えねばならない。ここでは,高齢者モビリティ確保の観点から課題を取り上げたい。
高齢者モビリティに関する調査をいくつか実施したが,ある地域の居住高齢者は半数以上が自動車を自分で運転し,総じて心身状況や外出活性は高い傾向にあること,加齢につれて外出活性は低くなり,主な利用目的は通院と買物,外出頻度は毎日とは限らないなどモビリティが減少傾向にあることが特徴である。モビリティ減少の中,公共交通が自動車の代替手段と期待され,免許返納の特典としてバスの優待制度を実施している自治体も増えてきた。一方,郊外化と中心市街地の衰退,および郊外の大規模店舗が増えて,クルマ依存は更に高くなり,鉄道やバスをはじめとする公共交通は維持が困難になりつつある。その取組みとして,交通政策基本法が制定され,公共交通の活性化が途上である。加えて,ドアツードアに近いデマンド交通など新たな手段の構築および公共交通の維持活性化対策と高齢ドライバー対策との接点を積極的に探してゆく必要を感じている。さらに,パーソナルビークル(モビリティ)と言われる個別手段の社会実装,海外では当たり前となっているパラトランジットと言われる高齢者・障害者のための交通手段やボランティアベースの有償運送などを社会システムに位置づけることも依然課題として残っている。高齢者・障害者に配慮したこれら交通システム構築に加えて,本人への説得・納得など交通手段の緩やかな転換方略も心理学的な側面に期待するところである。
高齢者モビリティと安全を確保するには各種の側面があり,1)高齢ドライバーに老化を自覚してもらいつつ安全運転を考えてもらう仕掛け,2)危険な運転の兆候が出始めたときには,場合によっては運転回避や免許返納の説得や行動変容を促す仕掛け,3)活性化の途上にある交通手段の新たな構築と高齢者には早期段階から代替手段の重要性を公共交通維持の観点からも理解してもらい,緩やかに利用転換してもらう仕掛けが考えられる。そして,それらを結びつけるには,4)地域の中での担い手になりうる人づくり・まちづくりが必要である。高齢社会が進展すれば,モビリティと安全の両立は大きな問題になり,安心して利用できる交通手段を確保することは後期高齢期の方たちの地域居住を継続できる鍵となる。
(きたがわ ひろし)
高齢ドライバーと運転免許
━ 医薬品使用を含めた医学適性から運転診断まで ━
Keywords: 運転免許 医学適性 医薬品 運転診断
本発表は,諸外国と日本における高齢者の交通事故発生状況と運転免許の制度を比較紹介し,制度上及び研究上の現状と課題を整理し考察する。とりわけ,運転免許に関する医学適性に注目する。医学適性では,安全運転に影響し得る様々な症状が病気や障がいの種類別にリスト化され,症状に応じて免許への措置が定められる。諸外国では,各領域の専門医や交通安全の専門家が,医師のために医学適性の指針を示しているが,様々な症状と運転行動の関連については,科学的に明らかになっていないことも多い。安全運転と医学適性に関しては,医学だけでなく,心理学を含む学際的な検討が必要であろう。医学適性と密接に関係することとして,ドライバーが使用する医薬品が運転に及ぼす影響も考慮しなければならない。中枢神経に影響する医薬品のうち,睡眠薬,抗不安薬,抗うつ薬などの国内での処方数は国際的にみても少なくなく(International Narcotics Control Board, 2011),医薬品使用の交通事故発生及び運転行動への影響の実態把握も急務である。
平成25年末の時点で,全国の運転免許保有者に占める65歳以上及び75歳以上の人が占める割合は,各々19%,5%であった(警察庁,2014)。免許人口に占める高齢者の割合が今後さらに増加するにつれ,必然的に,運転免許の制度を含めた運転環境を,高齢化した社会に合わせる動きが加速すると思われる。現在は,免許更新や運転者教育を歴年齢で区分する仕組みになっているが,歴年齢とは関係なく,ドライバーの適性アセスメント,運転上の弱点の指摘とそれを補うための訓練といった,個別の運転診断を可能とする仕組みの充実が一層求められるようになると考える。一例として,臨時適性検査を挙げることができる。現在,一定の症状があるドライバーは臨時適性検査を受け,専門医か主治医の判断に基づいて,免許の取消,継続保有の可否が決定される(一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会,2012)。臨時適性検査は,必ずしも高齢者に限らず,様々な年齢のドライバーに関係する。また,臨時適性検査を行った後の,安全とモビリティを確保するための様々な取組みの充実が,さらに重要になると考えられる。
≪文献≫
・警察庁 2014 運転免許統計(平成25年版)補足資料1
・International Narcotics Control Board 2011 Report of INCB 2010. Availability of internationally controlled drugs: Ensuring adequate access for medical and scientific purposes.
・一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会 2012 一定の症状を呈する病気等に関する運転免許制度の在り方に関する提言
(おかむら かずこ)
高速道路上における高齢ドライバーの運転行動特性
Keywords:高速道路,運転行動,リスク認知,ハザード知覚
現在,我が国では高齢者による事故のみが増加傾向にある。高齢者による事故の減少を図るためには,既に実施されている車や道路への対策に加え,「人が起こす事故の原因」に直接焦点を当てた事故対策が必要になると考えられる。
運転においては,運転者が周囲の交通状況を「知覚」,「認知」し,それが自らの運転に対してどのような影響を与えるのか,その危険性を「判断」した上で,どのような行動を取るべきか選択するという心理面を経て,「行動」が発現する。高齢者に特徴的な運転上の問題点を解明し,「人が起こす事故の原因」に直接焦点を当てた事故対策へとつなげるためには,「行動」の問題点を明らかにするだけでなく,交通状況の「判断」に問題はなかったのか,注意を払うべき対象をきちんと「知覚」「認知」できていたのか,など問題のある「行動」をした理由を心理面から明らかにする必要がある。
そこで,本研究では,高齢者の運転行動実態に関する知見の蓄積がほとんどなされていない高速道路を対象とし,高速道路上の事故多発地点である本線料金所(TB)において高齢者26名(男性,65~75歳)と非高齢者14名(男性,32~49歳)による実走実験を実施した。実験では,アイカメラなど
種々のセンサを用いて,被験者の「行動」を計測した。さらに,計測した「行動」の意図・理由といった心理面についても把握するため,実走直後にヒアリングを実施した。
まず,「行動」における,高齢者に特徴的な運転上の問題点を把握するため,アイカメラデータを解析したところ,高齢者は,非高齢者に比べ安全確認回数が有意に少なく(p<.01>次に,高齢者が自車両周辺のリスクを認識したうえで安全確認行動をしていなかったのか,それとも,そもそもリスクを正しく認識できていなかったのかを明らかにするため,被験者が走行中どの程度周辺交通状況にリスクを感じながら運転していたのか5段階で評価させた。分散分析の結果,TBの特に事故リスクが高まる地点において,高齢者のリスク評価結果は,非高齢者のものよりも有意に低い結果となった(p<.01>以上の結果より,高齢者はTBの事故危険性が高まる地点において,そもそも周辺に対して注意を払っておらず,周辺交通状況のリスクを実際よりも低く判断しており,その結果として安全確認をしないという事故のリスクを自ら高めるような行動に至ったことが明らかとなった。
(ただ まさひろ)
高齢自転車利用者の行動と教育の可能性
Keywords:自転車利用者,高齢者,運転行動,確認
諸外国と比べて,日本の交通事故全体に自転車事故の占める割合は高い。その心理面と行動面の原因を考えるとともに,その防止対策としての教育の可能性について述べる。事故統計に基づくならば,自転車事故の防止には,「小・中・高校生の子ども集団」と「高齢者集団」という二つの対象集団が存在する。とりわけ,重大事故の比率が高いことから,高齢自転車利用者への対策が急務である。
高齢自転車利用者の事故のうち,運転免許非保有者の割合が非常に高く,9割を占めることが事故統計で明らかとなっており(山中明彦,2010),高齢者人口当たりの運転免許非保有率は62%であるのに対して,自転車による死傷者数の89%,電動アシスト自転車の場合には91%が運転免許非保有者であった。また,国際交通安全学会(1995)による免許保有率と移動時間を統制した分析では,免許の有無条件が事故発生により大きな影響を及ぼしており免許非保有者の事故が多かった。それゆえ,本研究では運転免許の有無による運転行動の違いを調べるフィールド調査を実施した。
調査は奈良県内の自動車教習所において実施され,調査参加者は62歳から94歳までの高齢者48名(男性19名・女性29名;平均年齢72.6歳),運転免許保有群は21名,非保有群は27名であった。見通しの悪い交差点や駐車車両が設置された走行コース内に,行動測定ポイント8箇所を設けた。
交通行動観察のために,外部カメラの撮影と同時に,実験参加者のヘルメットにカメラとジャイロセンサを付けた。ジャイロセンサの行動指標として確認総得点を用い,頭部カメラの行動指標として走行位置得点を用いた。また,外部カメラの行動指標として,左右の確認回数を用いた。
高齢者の確認総得点では,免許保有者の方が免許非保有者よりも交差点での安全確認行動の水準がより高かった。また,自転車条件の方が歩行条件より確認得点が低く,自転車走行時に安全確認行動が不足する傾向が示された。走行位置得点についても,免許非保有者の方が低得点であり,より中央寄りの走行位置を選択していた。
結果からみて,高齢自転車利用者への安全対策を実施するには,免許を保有していない高齢者に限定して,集中的な安全教育や指導の実施が有効である。対象を絞った安全対策の利点の第一が経費削減であり,高齢者全体が対象となるよりも少ない経費で効果が生じる。第二の利点として,同じ高齢者の中から,運転経験の豊富な方々をサポータとして活用可能である。
本研究では,事故事例に基づくパンフレットを用いた教育を実施したが,教育そのものへの受容性が低く,失敗した。抽象的な教材ではなく,自宅周辺での,具体的な生活空間における実地訓練が必要であるとした。
≪文献≫
・ 山中明彦 2010 電動アシスト自転車の事故分析.交通事故総合分析センター・第13回交通事故調査・分析研究発表会発表資料
・ 国際交通安全学会 1995 高齢歩行者・自転車乗用車の安全に対する運転経験の効果に関する調査研究.平成6年研究調査報告書
(れんげ かずみ)