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大会委員会企画:連続講演

日時:9月1日(木) 13:10~15:10
会場:札幌市立大学 桑園キャンパス 大講義室

司会者 山本 勝則(札幌市立大学)

講演者
  深澤 伸幸 氏(東京富士大学)
  中村 惠子 氏(札幌市立大学)


【企画の趣旨】
 応用心理学は,人の認知および行動と,現実社会で生起する事象との関連を扱うことが多い学問分野です。
 生起した事象を解明するためには情報収集と分析が行われますが,原因や影響要因を明らかにするために,シミュレーションが用いられることがあります。出来事をシミュレーションで再現することは,事象の解明の有力な手段です。そして,その後の対策を検討するためにも役立ちます。一方,シミュレーションは,今後生起する事象を想定して,そこで人が行うことを求められる行動を身に付ける訓練に用いられることもあります。将来に向けた技術トレーニングとしてのシミュレーションは,必要な技術を身に付けるための強力な手段です。そしてそれと共に,直面することが予想される状況に取り組むための,心準備としても役立ちます。
 このような性質を有するシミュレーションは,昨今,技術開発,リスク管理,技術トレーニングなど様々な分野で用いられています。この連続講演では,シミュレーション研究とシミュレーション教育に詳しい,二人の先生をお迎えしてお話をしていただくことにしました。
 深澤伸幸先生には,事故とヒューマンエラーとの関連を解明するために,シミュレーションを活用する方法についてお話いただきます。
 中村惠子先生には,看護教育・看護継続教育場面での技術トレーニングへのシミュレーションの活用についてお話いただきます。
 技術開発,リスク管理,技術トレーニングなどの実践的課題に取り組むために,そこで生じている認知と行動の分析と行動変容を目的としたシミュレーションの活用の可能性を,実践例を通して検討したいと思います。
 シミュレーションは,シミュレートされる現実との関係では,仮想現実です。しかし,現代社会は,デジタル化の進展に伴って,あらゆる分野でバーチャルな世界が優勢になりつつあります。特に,札幌は“初音ミク”発祥の地と言われ,仮想現実が,現実世界で市民権を得た場所です。リアルとバーチャルを繋ぐシミュレーションについて,応用心理面からの可能性を語るのにふさわしい場であると思います。

産業場面で生じるエラー行動とシミュレーション


1.はじめに(行動分析や行動の変容にシミュレーションを活用する利点)
 産業場面において,作業行動の分析や,各種の学習に伴う行動の変容を目指す人文・社会科学研究に,シミュレーション(仮想現実)技法を援用することには次の点で有効である。何故ならば,人が産業場面で行っている様々な行動の根本には時間の流れ(文脈)が強く働いているためである。具体的に述べれば,時々刻々と移り変わる外部環境の変化に応じ,人は絶えず知覚や認知を働かせ,環境が我々に示す事態や状況が内包している意味に関して予測や判断を行い,その場に応じた適切な行動を取り続けているためである。
 ヴントに始まるとされる現代心理学では,主に心理学実験の手法が採用されている。その多くは室内における実験という形式で行われており,この手法もある意味でのシミュレーション技法と考えることができる。しかしながら通常の心理学実験においては,解明すべき要因を一つないし二つと制限しており,限定された条件の下で明快な結果を入手することができる一方で,より広く人間行動に適応する際には,実験結果をそのままの形で現実に当てはめることには難しい面もある。
 そこで,日常場面における人間行動の仕組みへの理解をより深めることに加え,ハード面やソフト面での有効な対策を提案することが可能と考えられる,シミュレーション研究が今日強く求められてきている。つまり,心理学実験の範疇に入るものの,時間の流れを加味したシミュレーション場面での作業行動の研究を通じ,たとえば作業場面で生じるヒューマンエラー行動の発生過程を明らかにすることが可能である。
 本講演では,時間の流れ,つまり場面の推移に関わる文脈を発生させる方法で行われた2つの異なったタイプの研究を紹介する。

  • コンピュータで制御されたシミュレータ装置を用いた研究
  • 危険感受性訓練を用いた脳内コンピュータの活用研究(職場安全風土醸成研究)

2.シミュレータ装置を用いたヒューマンエラーの発生過程の記述・分析研究
 作業場面において発生するヒューマンエラー行動(人的過誤)を記述・分析することを目指した,シミュレーション研究を紹介する(深澤2014)。研究概要は省略するが,本研究ではCGIを通じて被験者に提示される列車運転時の景観の中で,被験者は通常の列車運転作業に近い模擬作業を行った。使用したシミュレータは,O電鉄から営業線の路線図を拝借し,この情報をコンピュータに組み込み,景観も路線の情景と対応するようにCGI化された。本講演では,3つのエラー行動の発生過程を報告する。

2.1.出発信号の誤認事例
 本研究は,1日4時間(午前2時間,昼食休憩1時間,午後2時間)で,2日間の事前研修に加え,5日間の連続実験(実験開始2日間の習熟実験,その後の3日間のヒューマンエラー誘発実験)から構成され,被験者は事前に模擬運転中は「指差し喚呼」を行うようにインストラクションを受けていた。信号誤認は実験開始3日目の午前に発生した。被験者Aは,常習的に指差し喚呼を行わないという違反行動を取っていたが,他の4名の被験者はいずれも指差し喚呼を実践しており,列車を誤発進させることはなかった。

2.2.大幅な停止位置不良事例
 5名の被験者の内でも最も安定し,ほとんど停止位置不良を起こさなかった被験者Bは,模擬運転にも慣れてきた習熟実験2日目の午後に,停止位置を100m以上も行き過ぎるという事例を引き起こした。サーカディアン・リズムからも予測されるように,午後の微睡の時間帯と呼ばれる14:30に,大幅な停止位置不良事例を引き起こした。模擬運転として行われたすべてのパフォーマンス,脳波の含有率を検討したところ,ブレーキを入れるあたりでθ波有意となり,ブレーキ操作が行われなかった。その後α波が一時的に優位となった後,β波が急速に優位となり,行う必要がない加速行動を取った。結果として通常の運転曲線とは全く異なった曲線が示され,大幅な停止位置の不良が発生した。

2.3.驚愕に基づく作業手順の省略事例
 被験者Cは,習熟も早く安定した模擬運転を行っていた。駅構内へと進行していく中で,安心しきっていた時に突然ATSが起動し,運転台にベルが鳴り響いた。この事態に直面したCは驚愕動転し,鳴動しているATSに手を伸ばしてこれを解除した。これにより鳴動は止み,その後Cは停止位置まで列車を運転し,所定の停止位置に停止した。O電鉄のシステムでは,列車が駅を通過することを防ぐために駅中央からは15㎞/h以下の進行となっており,事前研修済みであった。ATS解除後は速やかに再設定の手続きを取ることが必要となるが,驚愕などの情動が起こると,目先の対応により,再設定の手続きが省略された。

3.危険感受性訓練を用いた脳内コンピュータ活用研究(職場安全風土醸成研究)
 本研究では,実際の列車運転場面を撮影した写真を教材としている。きわめて原始的なシミュレーション手続きであるが,静止画の観察を通じ,その場面がその後どのような方向に推移するのか,そこで各人はどのような行動を取るべきかを,脳内コンピュータを働かせて考えさせる手続きが危険感受性訓練である(深澤,2014)。訓練参加者は各人の知覚・認知のあり方や,潜在する危険源に気づいていくことが示された。

4.まとめ
 人文・社会科学がシミュレーション技法を援用する場合,最先端のシミュレーション技法を目指すのではなく,文字通り「模擬作業場面」を設定することが重要である。その際,この手続きの中に時間の流れやその流れに伴って生じる外部環境の変化といった文脈を提示,あるいはこの文脈を各人に意識させること,気づかせることが重要である。

 引用文献:深澤伸幸 ヒューマンエラーの心理学入門,国際文献社,2014

看護教育・継続教育とシミュレーション


 医療技術の高度化や患者の高齢化,社会構造の多様化・複雑化などに伴って,療養生活支援の専門職としての看護師に対する社会の期待は大きい。また,医療安全や倫理的問題に対して社会の意識が高まっている現在,専門職の継続教育は重要な課題であり,従来型のOJT(on the job training)による教育のみでは困難である。特に看護職は,患者に侵襲のある高度な医療行為や複雑な患者心理・家族心理があり,「まずはやってみる」ということでは満足や安心感が得られる看護実践にはなり得ない。さらに,専門的知識や技術も複雑かつ膨大になっており,医療行為の難易度は高く複雑化している。
 その対策として,可能な限り臨床の現場に近い状況が疑似体験(仮想現実)できる,シミュレーション教育が用いられている。シミュレーション教育の場は,学習者が「失敗しても患者へ影響することがなく安全に練習できる」ようになり,繰り返し学習することが可能となった。最近では,模擬患者を活用したより現実性のある演習やICT を用いたe-Learning による学習,精密で精巧な模型などが盛んにシミュレーション教育に導入されている。
 今回の講演では,シミュレーションの基本構造を踏まえながら,看護継続教育(専門職として教育)に着目したシミュレーション教育の現状と可能性について述べる。同時に,本大会のテーマにもなっている「心理」に触れる予定であり,参加者の皆さまの参考になれば幸いである。

  1. シミュレーションと医療界
  2. 看護教育・継続教育について
  3. シミュレーション教育を支える教育論
  4. シミュレーションの基本構造
  5. シミュレーションの利点
  6. シミュレーションが越えられない壁(限界)
  7. 看護継続教育におけるシミュレーション教育の現状と可能性
  8. シミュレーション教育で「心理」を学べるか?