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特別講演:日本の労働科学と労研の歩み

日時:8月31日(日) 13:00 ~ 14:00
場所:中京大学 名古屋キャンパス センタービル7階(0703教室)
司会 尾入 正哲(総合事務局長)

講師 酒井 一博

(公益財団法人 労働科学研究所所長)


日本の労働科学と労研の歩み

深夜工場視察の衝撃と労働科学研究所の創立

酒井 一博(公益財団法人 労働科学研究所 所長)
キーワード:深夜工場の視察,倉敷労働科学研究所,大原孫三郎,暉峻義等

1. 労研設立の2人のキーパーソン
 倉敷労働科学研究所の設立は,1921(大正10)年7月のことでした。労研の設立には,2人のキーパーソンが関わります。当時の倉敷紡績社長の大原孫三郎と,東京大学医学部出身の気鋭の生理学者であった暉峻義等の2人でした。暉峻は,当時,大原孫三郎が1919(大正8)年に設立した大原社会問題研究所の研究員でした。大原と暉峻の2人は,1920(大正9)年2月の深夜に,紡績工場の視察に出かけます。深夜に,年少の女性が,超劣悪な職場環境のなかでもくもくと働く様を見て2人は大きな衝撃を受けます。その場で暉峻は,工場で働く女工たちが「健康でしあわせになる」ような研究活動を行い,必要な改善提案をすることに同意します。この深夜の工場視察の翌年に労研は倉敷紡績万寿工場の敷地内に設立されました。研究者たちが,工場の女工らと一緒に寝泊まりしながら,データの蒐集にあたったことは,その後の長い労研の歴史に決定的な影響を与えました。

2. 労研の主要な研究成果と社会変革への貢献
 労研は90年の歴史を有しています。現在でも日々,新たな研究によって,新しい社会貢献をめざしています。労研の研究は時代とともに大きく異なります。倉敷紡績万寿工場内で産声をあげた労研は,当時の倉敷紡績,とりわけ社長の大原孫三郎の「研究という公益へのまなざし」と,「財力」に全面的に依拠した活動だったにちがいありません。しかし,15年後の1936年末には労研は大原孫三郎の手から離れ,学術振興会に寄託されます。新研究所は,一旦,東京青山に移転します。その後,1939年12月に世田谷区祖師谷に2度目の移転を行い,戦後のしばらくの間,労研の活動がここでつづきます。3度目の移転は,高度経済成長期も終わりに近い1971年のことです。祖師谷から現在の川崎市宮前区への移転は,労研創立50周年と重なりました。

2.1 草創期の労働科学研究
 倉敷紡績時代の初期的な研究では,女工を対象とした昼夜交代作業に関する調査研究のほか,温湿度の身体的精神的機能に及ぼす影響,そして労働のエネルギー消費,ガス代謝に関する研究などが主要なテーマでした。紡績工場の現場ニーズを受け止めながら,現場における実態調査にとどまらないで,基礎実験に持ち込んだところに研究の特徴と暉峻らの見識がありました。研究の質と深さを担保しながら,次々と研究成果を生み出していったことが,結局,初期労研のブランド力を高めたにちがいありません。

2.2 倉敷労働科学研究所における受託研究と紡績工場外での調査研究活動
 大原孫三郎の庇護のもとでスタートとした労研の活動は,倉敷紡績の工場内にとどまるものではありませんでした。労研設立後5年目くらいから,倉敷紡績の外部から持ち込まれた委託研究と取り組んだだけでなく,労研みずからが紡績工場から外に出て,労働科学研究を展開しました。労研の草創期において,研究のウィングを紡績女工と紡績工場の労働環境からさらに外へ向けて拡げたことは,その後の労研の立ち位置と研究運営の自立化にとって意義深いものと見ています。
 前者の代表は,逓信省からの委託(最初は1926(大正末)年)で,テーマは「郵便事務能率に関する研究」でした。後者の代表として,1933(昭和8)年に高月村(岡山県赤磐郡)に農業労働調査所を設け,農業労働研究が始まりますが,研究者たちが研究室からでて,農村に研究拠点をつくりながら農民の生活と労働をまるごと調べていく大きな構想力は,現在の研究のあり方に大きな示唆を与えます。

2.3 戦後・高度成長期から現在にいたる労働科学研究
 戦後,長期にわたる戦時体制の抑圧状態から解放され,民主化という流れとも相まって,新時代の建設へ向けて,多方面における意欲的な取り組みを見てとれます。最低生活費の研究,農業労働環境と早老に関する研究,塵肺に関する研究,高温労働に関する研究,婦人労働に関する研究,産業疲労に関する研究など,多様な取り組みを担いながら,戦後復興の下支えを見事に果たしたといってよいでしょう。
 そうした労研の研究成果は,少なくとも3つの分野で貢献します。第1は,戦後すぐの労働関連法規の制定や労働政策の策定に対して,強い影響を及ぼしたことです。第2は,産業界における労働条件の整備や労働環境の改善などに,労研の様々なデータが活用されました。経済の高度成長の過程で,時宜にあったテーマと取り組むことで,労研の実践的な調査研究のデータやまとまった成果が社会に役立ったことと,戦前から培ってきた労働科学の手法・手技が産業現場の課題解決に大いに役立ったとみています。第3は,学術的な貢献に関することです。学術誌「労働科学」と普及誌「労働の科学」の定期刊行をつづけることや,100冊を超える労働科学叢書,5次にわたる産業安全保健(労働衛生)ハンドブックの刊行など,精力的な調査研究は学術成果へと結実しました。

(さかい かずひろ)





更新:2013年1月1日

常務理事・所長,研究主幹

専門分野

労働科学,産業疲労,人間工学

学歴

1965年4月  早稲田大学理工学部工業経営学科
1969年4月  早稲田大学大学院理工学研究科修士課程
1971年4月  早稲田大学大学院理工学研究科博士課程
1973年3月  同2年 修了

職歴

1973年04月  労働科学研究所入所 労働生理心理学研究部研究員
1985年10月  労働科学研究所主任研究員
1986年09月  フィンランドへ留学(1年間)
1990年10月  労働科学研究所教育・国際協力部長
1994年04月  労働科学研究所 労働環境保健研究部長
1997年10月  労働科学研究所 副所長
1999年09月  労働科学研究所 常務理事・所長
2001年09月  労働科学研究所 常務理事,研究主幹
2007年09月  労働科学研究所 常務理事・所長,研究主幹 現在に至る

非常勤講師実績

埼玉大学教育学部,広島大学医学部,徳島大学医学部,千葉工業大学大学院,東京農業大学オホーツクキャンパス等

資格

博士(医学),日本人間工学会認定人間工学専門家

現在の主な研究課題

  • 産業安全保健エキスパート養成コースを主宰
  • 産業別の労働特性と労働者の安全・健康確保方策
  • 夜勤・長時間勤務者の過労と勤務改善
  • 人間工学手法によるリスクアセスメントと職場改善の実践
  • など

所属学会

日本人間工学会 副理事長
人類働態学会    理事
産業保健人間工学会 理事
日本産業衛生学会
日本経営工学会
日本睡眠学会
産業組織心理学会 など

社会的活動(2008~2012年度)

  • 厚生労働省独立行政法人評価委員会 調査研究部会委員
  • 国土交通省 運輸審議会専門委員(運輸安全確保部会)
  • 国土交通省自動車交通局 事業用自動車に係る総合的安全対策検討委員会委員
  • 国土交通省自動車交通局 自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討委員会委員
  • 同映像記録型ドライブレコーダ活用モデル事業検討会委員 同ハイヤータクシー分科会委員
  • 川崎市市民局 川崎市男女平等推進審議会委員
  • 中央労働災害防止協会全国衛生管理者協議会事業検討委員会 衛生管理者のためのリスクアセスメント検討会委員
  • 独立行政法人自動車事故対策機構 適性診断業務検討委員会委員
  • 独立行政法人宇宙航空研究開発機構 有人サポート委員会委員,宇宙医学研究推進分科会専門委員
  • 社団法人神奈川県看護協会 医療・看護安全対策委員会委員
  • 日本貨物鉄道株式会社 安全改革委員会アドバイザー
  • 社団法人全国シルバー人材センター事業協会 評議員
  • 財団法人運行管理者試験センター 評議員
  • 社団法人日本鉄鋼連盟 安全衛生推進本部における特別顧問

ここまで

労働科学研究所ホームページより